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社会
誰が書いたんだ、これ…あ、私だった。
(0) cmts.   (0) tbks.
競馬を見ていて面白いのは、極端な追い込み馬とか逃げ馬というのがいて、
そんな馬が勝ったりすると、とても爽快な気分になる。
それは何故なのかというと、ほんとはそんな走り方は危ないからだ。
道中ほど良いところにいて最後に先頭に立つというのが、
ほんとうは危なげない、正統派の走りなのだ。
(と、たしか武豊も言っていた気がする)

でも、逃げたり追い込んだりでしか勝てない不器用な馬もいる。
それでも調教師や騎手のみなさんの算段で、
自分の得意な走り方でレースに挑むことができる。
馬は勝ってもニンジンくらいしかもらえないけど、
自分を常日頃可愛がってくれている周りの人間がよろこんでいるのはわかるらしい。
(周りがよろこんでいると自分もうれしいっていうのは、動物にもあると思う)

人間の子供たちは、ひとりひとりに配慮されていないのかもしれない…と時々思う。
小さい頃から習い事させて塾に入れて、ぶっちぎりで勝つ!っていう逃げ馬人生。
それが性に合っていて楽しめる子もいると思うけど、
たまたま周りにそんな子がいるからって、自分の子もそうだとは限らない。
のんびり自分の世界で遊ばせた方が良い子もいると思う。

子供のころぼーっとしていた子が大きくなって有名人になったり社長になったりする話、
大人は好きだな…と思う。
つまりは追い込み馬的人生。
でもそんな子はめったにいないし、いたとしても危なくて見ていられないと思う。
そういう子を口うるさくしないで見守ってくれる大人たちが、今の日本にいるだろうか。

馬も人間も、本当は危なげない走りが、一番理想で周りは安心なんだと思う。
だから子供の頃から成績は普通で、
ちょっとがんばって真ん中より少し前につけて、ちょっとずつ前に出て、
最後いつの間にか先頭に立っていた…っていうのが多分、一番良いのだと思うし、
そういう子はあんがい多いのだろうとは思う。

それにしても、馬はその子の個性に合った走りを周りから認めてもらって、
どんな走り方の子も、自分に合った戦略を考えてもらえる。
それなのに僕ら人間はどうしてこうも比べたがる~♪じゃなくて~、
どうしてみんな同じような走りを求められるのだろう。
自分に合った走り方をさせてもらえれば楽になるし、輝ける子だっているはずなのだ。

小さい頃から厳しく育てられて自分らしくうまく生きられる子もいるけれど、
それはたまたまそれがその子に合っていただけなので、
みんなが同じようにしたらうまくいくかというと、そうでもないはずなのだ。
夢を持とうとか、大人になったら何になる?とかも根は同じな気がする。
そもそも何故、誰しも何かにならなければいけないの?

何者にもならない人生だって、あって良い。


実はこれ、2013年の8月18日に書いていて投稿しなかった記事なのだけれど、
たまたま見つけて、まさに今またこれと同じような事を考えていたな、
と思ったので投稿してみる事にした。
行を空けたりしてちょっと読みやすくしたけれど、ほぼほぼ当時のまま。
ネタが無くなったという訳じゃなく、書こうと思ってた事が既に書かれていたのです。

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